旅愁。

[ 小さな星日記 ]

この季節になると、ふと思い出す歌があります。
中学1年の時に音楽の授業で習った「旅愁」という歌です。

「旅愁」
作詞:犬童 球渓(いんどうきゅうけい)作曲:オードウェイ

更けゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思ひに ひとりなやむ
恋しやふるさと なつかし父母
夢にもたどるは 故郷(さと)の家路
更けゆく秋の夜 旅の空の
わびしき思ひに ひとりなやむ

窓うつ嵐に 夢もやぶれ
遥(はる)けき 彼方(かなた)に
こころ迷ふ 恋しやふるさと
なつかし父母 思ひに浮かぶは
杜(もり)のこずえ
窓うつ嵐に 夢もやぶれ
遥けき彼方に こころ迷ふ

この歌を教えてくれたのは、その時に来ていた教育実習の先生でした。
長い髪はふわふわと上品に流れてて、すらりときれいな、そして色が白くてとても優しい顔立ちをした女の教生の先生で、お名前は、ななこ先生といいました。うちのクラスを担当して下さったわけではなかったのですが、もともと小さな中学校、音楽の授業は全部担当されていました。その時、先生が教えてくれたのが、この「旅愁」だったんです。

細くてきれいな白い指で、ピアノを弾きながら、ちょっとびっくりするくらいはっきりした、りんとした声で、先生はこの歌を歌ってくださいました。たったそれだけで、僕がちょっとした淡い恋ゴコロにを抱くには十分でした(笑)。今と変わらずとてもおしゃべりなんだけど、なんだかんだでちょっとそうゆう色恋のことには奥手、でも人一倍関心はあったりする、中学生にとって。
でもななこ先生はうちのクラス担当でもないし、週に何度かの音楽の授業で担当してもらう、ひとつのクラスの一人の生徒、もっと言えば全校160人くらいの生徒の中のひとりでしかないわけで、どうにか先生と仲良くなろうにも、1年坊主の僕には遠すぎるわけで、音楽の授業の時にできるだけ大きな声で歌を歌って、その存在をアピールするくらいしか手がないようにも思われました。

それでもひとつ、思い当たることがありました。
実はななこ先生の実家は小さな開業医をされていて、小学生の頃、学校で熱が出てかつぎ込まれた病院でもあり、また父の職場にとても近くて、かなり父が顔見知りだったということでした。
そうこうしているうちにあれよあれよと時は過ぎ、教育実習も終わってしまいました。そしてかなり思い詰めた(笑)僕は大胆な行動に出ました。

そう、その先生の実家にお邪魔したわけです、実習が終わったすぐ次の日曜日に(笑)
やるなー、ヲレ(笑)....って今ならストーカーですよね、ヤバイよね(苦笑)。

先生のうち、病院まで来ると、僕はじっと耳を澄ませました。しばらくするとピアノを弾く音がするではありませんか!あぁ、憧れのななこ先生は今おうちにいらっしゃるんですね、まずはヨカッタ....って、だからどうする、えーっと、玄関から行くのか、それとも病院に入ってって...ってわけにはいかないよな、えーっと....と、裏口(勝手口)なんかあったりするのかなと....そこで、先生のお母さんに見つかってしまいました(笑)。
あれ、えーっと、okayan先生(うちのおとん)のとこのお子さん?.....ハイ、そうです、顔が似てますか?前に熱が出て来たこともあるんですけど、えーっと、ななこ先生いらっしゃいますか?と僕はきっと真っ赤だったような気がします。
僕は中学の青いジャージのまま、先生うちの居間に通されまして、そこに憧れのななこ先生がいらっしゃいまして、そしてチョコレートケーキと紅茶が出て来ました。学校で少しお話ししたことはあるけれど、こうして目の前で、しかも今、先生のおうちでお話しできるわけで、緊張のあまり、逆に僕はかなり饒舌になったような....どうでもいい話ばかりしてたんだと思います(笑)。

帰りがけにななこ先生に連絡先の住所を書いてもらいました。
その紙をきゅっと握って、僕は先生にさよならといいました。

それから何度か先生にお手紙を書きました。
クラスのことや文化祭の準備のこと、ななこ先生にとってはなんでもないつまんない話だったと思います。でも後にも先にも教育実習の先生に手紙を書いたのはななこ先生だけだったし、それからも毎年いろんな実習生が来て、それはそれで楽しかったけど、今となっては覚えているのはこのななこ先生だけなのです。

先生が大学に戻られて、少しさびしくなってしまって、秋も深まってきて、ちょうどその頃はじめたばかりの新聞配達のアルバイト。冷たくて薄暗い朝の空気の中、自転車に乗りながら「旅愁」のとてもせつないメロディラインをよく口ずさんだりしたものです。

そして10年後、今度は僕が教育実習生として、ななこ先生が弾いてくれたそのグランドピアノを弾きながら、1曲歌うことになるとか、そのあと長い旅行に出て、旅愁どころじゃないような想いになったりするなんて、その時の僕には知るよしもなかったんですけどね。

....って、久しぶりに自分の話を書いたら、かなり大作になってしまいました。
どうもすいません(笑)。

 
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